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<イベントレポート>iPhoneもディズニーランドも、編集力から生まれた。 編集力は、ビジネスに、そして社会に、どのような価値を生み出すのか?【前編】

#編集力

「編集者」と聞いて何を思い浮かべるでしょうか。本や雑誌をつくる仕事を想像した人も多いかもしれません。

2022年12月14日に開催されたオンラインイベント:仕事の研究室「編集力は、ビジネスに、そして社会に、どのような価値を生み出すのか?」では、「スティーブ・ジョブズやウォルト・ディズニーも編集者である」という言葉が飛び出しました。

編集者とは何者なのか。そして、編集力はどんな価値を生み出すのか?中央大学ビジネススクール名誉教授の田中洋氏と、クロスメディア・パブリッシング代表取締役の小早川幸一郎氏の対談の様子をお伝えします。

編集者とは「本をつくる人」?

小早川:今日は、マーケティングやブランディングのプロフェッショナルである田中先生と、編集力について話し合っていきたいと思います。先生はこれまで数々の本を出版した著者でもあります。多くの編集者とやりとりされていますが、編集者の役割をどのように感じていますか?

田中:私はこれまで20冊以上の本を書いています。右も左もわからなかった20年ほど前に、ある出版社の編集者から「田中さん、本を書きませんか」と言われたことがきっかけでした。本を出版するきっかけを作ってくれるのは編集者の重要な役割の一つだと感じています。小早川さん自身も編集者でいらっしゃると思いますが、どんなキャリアを辿って来られたのですか。

小早川:私は今47歳で、20歳から編集の仕事をしています。27年間、毎月締め切りの人生です。締め切りが自分を作ってくれたという感じですね(笑)。今でも経営者をしながら編集者をしている状態です。

最初は出版社に就職しました。20歳の頃、たまたまバイトをすることにしたのです。最初は雑用でしたが、パソコンの勃興期だった当時、私がMacBookを持っていたことから、「コンピュータ書をつくるから編集をやらないか」と誘われました。やりますと答えて、学生ながら編集者になったんです。やってみると仕事が楽しくって。学校に行かないで朝から晩まで仕事をして、そのまま就職しました。

でも、働くうちに漠然とした不安に襲われたんですね。出版業界は斜陽と言われ、市場は縮小。私は編集者で、本しか作れません。潰しの効かないスキルしかなくて、これからどうしようと。そこで著者の方などに誘っていただきながら、出版業界以外の集まりに積極的に行くようになりました。

すると、意外と自分に対する評価が高いことに気づいたんです。編集者として持っていたスキルが、他の業界でも結構重宝されるんですよ。企画力や、コピーライティングやディレクション、スケジューリングやファシリテートをする能力、ヒューマンスキル。自分が持っているこれらの力を「編集力」とするなら、本を作る以外にも使えるんじゃないかと気がついたんです。

20代最後の日、出版物だけに編集力を使うのではなく、あらゆるメディアを編集したいと思い独立し、クロスメディア・パブリッシングをつくりました。

編集の4つのフェーズ「編集4.0」

田中:編集の可能性に気がつかれたわけですね。伺っていると、「編集」という言葉は原稿をもらって本にするだけじゃなく、さらに進化しているんじゃないかと感じます。小早川さんの考える、編集という言葉について解説していただけますか?

小早川:はい。その時は可能性に気づいただけで定義できなかったのですが、ここ数年で言葉にできるようになりました。私たちはこれを「編集4.0」と呼んでいます。

編集には4つのフェーズがあると考え、それぞれを定義しました。

まず、みなさんが想像される一般的な編集、本や雑誌やウェブメディアなど、コンテンツを対象にした編集が1.0。2.0は人や企業の編集です。当社クロスメディアグループがサービスとして提供しているものですね。例えば先生のような専門家やプロフェッショナルの方を、失礼ですが我々が編集して差し上げたり、良いものを持っているけれど口下手な会社さんを編集して魅力を引き出したりします。3.0は事業の編集です。編集力を使って、新しい事業や商品、サービスを開発します。例えば、当社が開発した疲労回復専用ジム「ZERO GYM」ですね。ZERO GYMは身体を鍛えるためではなく、カラダ・ココロ・アタマをコンディショニングするジムです。長年ビジネス書を作ってきた経験を活かし、ビジネスパーソンが健康でパフォーマンスを発揮するために立ち上げました。ビジネスパーソンの課題に対して編集力を駆使して生まれた事業といえます。そして4.0は、社会の編集です。いま世の中にある、少子高齢化や地方創生などいろいろな問題を、発見して課題として解決するために編集力が使えるんじゃないかと思っています。

田中:なるほど。編集はコンテンツをつくるだけではなく、人や企業や事業、社会にまでタッチしてきて、それらを整え新しいものをつくる仕事ということになるわけですね。

小早川:編集は漢字で「集めて編む」と書くじゃないですか。アイデアのようにゼロからイチを生むのではなく、「すでにあるものを組み合わせて新しいものをつくる」ことだと考えています。佐藤可士和さんは、デザインという言葉をビジネスや社会課題の解決に使って一般化しました。アウトプットが違うだけで、本質的に「デザイン」と「編集」は似た言葉だと思います。人が思っていること、思考をビジュアル化するのがデザインだとしたら、言語化するのが編集です。うちの会社では、「編集」をデザインという言葉のように一般化し、社会に貢献していきたいと考えています。

新結合させる力が編集力

田中:小早川さんは編集を新しい視点で括り直していらっしゃいますね。編集と聞くと、昔は紙と鉛筆に囲まれて、原稿に手を入れて印刷屋に入れて…というような仕事しか想像できませんでしたが、編集4.0はもっとポジティブですよね。社会にも貢献するし、積極的な意味を持った言葉だなと感じました。

連想したのが、イノベーションという言葉です。私は20年ほど前に、コロンビア大学のビジネススクールで客員研究員をしていたことがあります。その頃、商品開発担当の先生が、授業で「みんな、イノベーションってなんだと思う」と質問をしたんですよ。日本語だと「革新」とか言われますが、定義しようとすると難しいですよね。学生からもいろいろな意見が出ましたが、最後に先生は「イノベーションとは、インベンションを顧客の方に向けて束ねることだ」と言ったんです。

インベンションは「発明」ですよね。ある技術で新しいことができるようになることを意味します。さまざまな発明を束ねて、こうしたら使いやすくなりますよと提示する。小早川さんがおっしゃった編集は、イノベーションを実現することなんじゃないかと思いました。

小早川:まさにそうですね。私はイノベーション理論を提唱した経済学者、シュンペータの本を作ったことがあります。100年近く前、彼はイノベーションは「新結合」だと言っています。あるものとあるものを組み合わせて新しくする。この言葉を知った時、これって編集だなと思いました。

田中:新結合は英語でニューコンビネーション、つまり組み合わせですよね。iPhoneの話を思い出しました。 アップル社のiPhoneは2007年に発売されていますが、技術的にはその時あるものを寄せ集めたもので、目新しいところはなかったそうです。しかし、それらを集めて一つにしたことが使い手にはとても便利だし、創造的で楽しいものでした。

これは iPhone独自のイノベーションだったと思うんです。それまでも iPhone的なものが他社から発売されたことはありました。でも iPhoneの方が、電話と組み合わせるとか、アプリを取り入れるとか、束ね方がより巧みだったのです。そう考えると、スティーブ・ジョブズは編集者で、社会をも編集してしまったと言えると思います。

小早川:まさに社会の編集、編集4.0ですね。

編集力で社会を動かす

田中:TSUTAYAを運営するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)もそうですよね。代表取締役の増田宗昭さんはいつもCCCを企画会社だと言っていますが、小早川さんの言う編集と相通ずるところがあると思います。

彼が企画を通じて実現したことの一つが、代官山T-SITE。彼はマーケティング的な思考がうまくて、お金や時間を持っている50〜60代のプレミアエイジをターゲットに、編集力を駆使してT-SITEをつくりました。本は売っているんですけど、一般の本だけを売っているわけじゃないんです。例えば70年代の自動車雑誌など、マニアにとっては垂涎の的でなんとしてでも手に入れたいような一冊を、比較的高値で販売している。

さらにスターバックスコーヒージャパンも入れて居心地の良い場所を作ることによって、座る場所がないくらい繁盛しています。当時、代官山に施設なんて作っても誰も通らないなんて言われていましたが、今では午後になるとコンスタントに人が集まる場所になっていますよね。

小早川:増田さんとは今あるプロジェクトで打ち合わせをさせていただいているんですが、これまでインプットしてきた経験とデータを組み合わせた、ものすごい量のアウトプットが出てくるんですよ。すごい編集者だなと思います。

田中:それから、ディズニーランドも編集力の賜物です。例えば、ランドの中心に立つシンデレラ城。建築様式のモデルについては、ドイツにあるノイシュヴァンシュタイン城、フランスのモンサンミッシェル、11-13世紀のローマン様式…などいろいろな説がありますが、結局どの様式でもないんですよね。いろいろな様式の要素を集めているんです。

シンデレラ城だけにとどまらず、ウォルト・ディズニーは世界中のいろいろな要素を持ってきて、夢の国ディズニーランドを作りあげたのです。これも偉大な編集力のなせる技ではないかと思います。

小早川:ウォルト・ディズニーはクリエイターや経営者のイメージがありますが、こうしてみると確かに編集者ですね。

田中:元々はアニメーターでミッキーマウスの絵を描いていたでしょうけれど、編集者としての構想力がすごかったんじゃないかと思います。フロリダのディズニーワールドの話をしたいのですが、ウォルトは、沼があってワニなどの動物がたくさんいるような、原始的で未開拓のフロリダの広大な土地をこっそり買い占めたんですよ。他人が見ると沼地であっても、彼には「ここにあれを、あそこにこれを作ろう」とさまざまな発想が湧いていたはずです。彼がそれまでに培ってきた要素を組み合わせて作ったのが、ディズニーの世界なのではないかと思います。

さらに、ディズニーが偉大だと思うのは、「ディズニーレシピ」があることです。ウォルト・ディズニー自身が、ディズニーの世界をつくるためにいろいろなメディアをどう組み合わせるか考えた構想図がディズニーレシピと呼ばれています。レシピによると、まず映画がコアとして真ん中にあり、さらにディズニーランド、つまりテーマパークがもう一つの核として位置付けられ、その周りに出版や映画、音楽、アニメーションなどさまざまなメディアが配置されています。映画音楽をCDやレコードにして販売するなど、メディア間の有機的な結合関係を、1950年代にウォルト・ディズニー自身がすでに考えていたのです。その時代からメディアをクロスさせて、どういう世界を作るか構想していたという意味でも、編集者の先駆けではないかと思います。

小早川:クリエイターとしてスタートして編集1.0で映画やアニメを編集し、3.0でディズニーランドという事業を編集する。最後は沼地を人が集まる場所にして雇用を生み出すなど、4.0で社会を編集する。世界を変えた編集者ですね。

先ほど先生は「編集は積極的な意味を持った言葉だと感じた」とおっしゃいましたが、そういう言葉にしていきたいと考えているんです。これまでは黒子になるのが編集者の仕事だと思ってやってきましたし、そういう面ももちろんあります。でも、依頼されて使うだけではなく、自分から発揮して新しいものを生み出していく。編集力をそんな力だとより多くの方に知って欲しいですし、私自身、社会の中で積極的に使っていきたいと考えています。

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