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ブランドの現在と未来〜シン・ブランド論【第4回】〜
日本におけるブランド戦略の権威の一人、中央大学名誉教授の田中洋氏を講師にお迎えし、全5回「シン・ブランド論」をテーマにお話しいただきました。
ご自身の実践的な知見を豊富に蓄積してまとめ上げた著書『ブランド戦略論』をベースに、新しいコンテンツを付け加え、昨今のデジタル時代に求められるブランド論から未来のブランド論に至るまで、クロスメディアグループ広報の濱中悠花がインタビューを行いました。
本日は第4回「ブランドの現在と未来」です。
第1回はこちら↓
『なぜシン・ブランド論なのか〜シン・ブランド論【第1回】〜』
第2回はこちら↓
『ブランドの歴史〜シン・ブランド論【第2回】〜』
第3回はこちら↓
『ブランド戦略の構造〜シン・ブランド論【第3回】〜』
デジタル時代とはどのような時代か
濱中:前回は、「ブランド戦略の構造」というテーマでお話しいただきました。今回は第4回「ブランドの現在と未来」です。第3回までで、ブランドの歴史や現在のブランドについてお話ししていただきました。今回は、デジタル化が急激に進む中で、ブランドがこれからどのように変わっていくのかも知りたいです。
田中:今はデジタル時代、DX時代などといわれています。まずは、現代がどのような時代なのかを、マクロの視点で捉えてみたいと思います。
まず一つが「人新世(じんしんせい)」という言葉です。地質学における新しい時代区分で、人類が地球に大きな影響を与えていることを意味しています。別の言い方で完新世というのもあり、かつては沖積世と呼んでいました。いつから人新世になったのかは諸説あり、例えば、何万年も昔の農耕の開始時点という説や18世紀の産業革命という説、1950年代に工業化してきたときに開始した説もあります。
濱中:便利な社会がつくられてきた一方で、自然を傷め、環境に悪影響を及ぼしているといえそうですね。
田中:おっしゃるとおりです。最近、驚いたニュースがあったので紹介します。
2022年、ブラジルの離島で「プラスチック岩石」が発見されたというニュースです。これは、海から流れ着いたプラスチックごみが岩石と混ざり合って、新種の岩石として形成されたものです。プラスチックごみによる海洋汚染の広まりを示すと同時に、人類が地球の生態系に重大な影響を与えている、人新世を象徴する産物だとも考えられます。
濱中:今までは完全に自然だったものに、人工的な変化が加えられ始めているんですね。
田中:これまでの私たちは自然と人間をわけて考えてきました。しかし、プラスチック岩石のニュースからもわかるように、自然と人間の境目が非常に曖昧になってきています。少し遠い話だと感じられるかもしれませんが、ゆくゆくは、ブランドを語るときにもつながってくる話だと思います。
濱中:今の時代を語るとき、人新世について考えることは不可欠ですね。では、ほかにも考えるべき視点はありますか?
田中:もう一つは、不確実性の時代だということです。
「世界不確実性指数」という指標を研究した論文がありその中で、各国の経済レポートに不確実性に関係する言葉がどのぐらいの頻度で出てくるのかを調査した結果が記されています。1990年代以降に、すべての国で「不確実性」と同義語の言葉の記載が増えてきているそうです。先の見通せない不確実な時代に向かっていることが示されたといえます。
濱中:たしかに昨今では、世界情勢の変化やテクノロジーの急速な進展により、経済が大きく変化していることを感じます。不確実性が高く、急激な変化が起こる時代でもありますよね。
田中:そうですね。また、デジタル時代の特徴として、情報流通量が増えたこともあげられます。
あるコンサルティング会社の調査によると、現在の情報伝達力は、スペイン風邪が流行したおよそ100年前の150万倍にもなっているそうです。当時は、新聞や雑誌、テレビなどの限られた手段しかありませんでしたが、今ではインターネットやスマートフォンの普及により、SNSや動画サイトなど様々な手段が存在します。
濱中:たった100年間で150万倍になったとは驚きました。
田中:また、経済成長が鈍化していることも、今の時代の特徴です。
中長期的にどれだけの経済成長が達成できるのかを表す「潜在成長率」という指標があります。日本では、1980年代には4%程度だったのですが、現在はほぼ0%だそうです。これは日本に限った話ではなく、OECD諸国全般にも当てはまります。
1920年から1970年にかけての第2次産業革命では、消費財の大量生産が可能になり、それが経済成長に大きく貢献していました。しかし、1970年から1994年にかけての第3次産業革命の前半で、コンピューターが登場し電子化が進んだときには、イノベーションの潜在成長率への貢献は非常に小さくなっています。
2011年以降の第4次産業革命は、AIやインターネットを中心とした産業の時代で、この時代のイノベーションは経済成長に大きなインパクトをもたらさないだろうといわれています。イノベーションが経済成長に結びついてないのです。
濱中:どのような背景があるのでしょうか?
田中:少しだけ難しい問題になってくるのですが、市場の構造に問題があります。
例えば、市場の寡占化です。様々な業界で、市場の上位数社の企業に売上が集中してしまっています。自動車業界では上位4社が60%のシェアをもち、ビール業界は4社で70%以上のシェアをもっています。
また、大手企業が複数のブランドを独占している状態にもなっています。例えば、自動車メーカーのフォルクスワーゲン社は、「フォルクスワーゲン」というブランドのみならず、「ランボルギーニ」や「ポルシェ」、「ベントレー」、「ブガッティ」などの有名ブランドを多数抱えています。もともと別会社が保有していたブランドを、フォルクスワーゲン社が買収しました。
ラグジュアリーブランドだと、LVMH(ルィヴィトン・モエヘネシー)社が典型的な寡占企業の例として挙げられます。「ルイ・ヴィトン」をはじめとして、「ディオール」や「セリーナ」、「ブルガリ」などをもっています。最近では「ティファニー」もLVMH社のブランドになったそうです。有名ブランドが少数の大手企業の傘下となり、集中的に管理されるようになっています。
濱中:市場の寡占化が進むと、どのような弊害が起きてしまうのでしょうか?
田中:長期的にみると、世界中でイノベーションが停滞し、経済成長も停滞するといわれています。
動画共有プラットフォーム「YouTube」も、今はGoogle社の傘下ですが、もともとは別会社でした。直近では、多くのAI企業が大手ICT企業の傘下に組み込まれようとしています。中小企業やベンチャー企業から生まれるイノベーションが大手企業に吸収されてしまうことで、経済の活性化がストップしてしまうのではないか、と危惧されています。
デジタル時代のブランド戦略の方向性
濱中:デジタル時代がどのような時代なのかがわかってきました。これからのブランド戦略をどのように考えていくといいのでしょうか?
田中:まずは、ブランドイメージ戦略の根底にある考え方について紹介したいと思います。
ブランドイメージという言葉を生み出したのは、クリエイターであり、広告会社の経営者だったデイヴィッド・オグルヴィ氏です。彼が考えた広告で「The man in the Hathaway Shirt(ハサウェイ・シャツを着た男)」というタイトルの広告があります。白いシャツを着て、黒い眼帯をしている紳士が、洋服屋でサイズを測ってもらっているワンシーンです。1951年『ニューヨーカー』誌に掲載されました。
この広告は、ハザウェイ・シャツを着るのは、黒い眼帯をしているような紳士である、というメッセージを伝えています。つまり、一つの解釈として、ハザウェイ・シャツは、戦場に行って目を傷つけてしまい眼帯をしているような、英雄が着るシャツだということです。
この広告の素晴らしい点は二つあります。一つ目は、ブランドを象徴的な人で喩えていること。これはメタファーと言います。この広告をきっかけにして、ブランドイメージ戦略の手法として広がっていきました。
二つ目は、あまり差別性がない商品を広告によって差別化したこと。非常に多くの商品やサービスが溢れる今日では、ブランドとブランドの間に大きな違いはありません。それを広告で差別化する手法を発見したのがこの広告です。
濱中:ブランドイメージ戦略という考え方が生まれた広告を知れてとても興味深いです。
田中:次に、これからのブランドのあり方として、私から二つの方法を提唱したいと思います。
一つ目はブランドの信号化です。
オンライン会議システムで「Zoom」というブランドがあります。コロナ禍で加速度的に利用が広まったサービスですが、ほとんど広告活動をやっていません。人々が実際に使ってみて、「Zoom」は使いやすいという一つのイメージができあがり、利用が広まりました。
これが信号化で、ブランドとその商品やサービスのもつ効果が結びついている状態です。顧客の体験がブランドの評価に影響を与えていることがわかると思います。
「Zoom」のようなWebサービスでは、初期無料や低価格でトライアルのプロモーションを行ったり、口コミを集めたりして、ブランドの良さを知ってもらう施策が増えています。
濱中:ブランドの世界観やイメージなどの感情的な要素を伝えることではなく、商品やサービスのもつ機能を経験してもらうことを重要視する考え方ですね。
田中:二つ目はブランドの理念化です。
理念化とは、ブランドにおいて、商品やサービスの効果・効能など直接感知できることではなく、そのブランドがもつ理念・哲学・考え方などの属性が強くなっている状態です。
例えば、I-neという大阪のスタートアップのヘアケアブランド「BOTANIST(ボタニスト)」です。「植物と共に生きる」というようなボタニカルなライフスタイルを提唱しています。この理念が多くの人に受け入れられ、共感を呼び、ブランドが支持されています。
ブランドの思想とそれを支える仕組みを強化することで、ブランドに共感する顧客を増やしているのです。
まとめ
濱中:信号化も理念化も、デジタル時代の特徴的なブランドのあり方だと感じました。では最後に、今回のまとめをお願いします!
田中:ブランド価値を高めるためには、信号化と理念化というあり方が肝になってきます。ぜひ参考にしていただきたいです。本当はもうひとつ、ブランドの「経験化」という現象もあり、これは信号化と理念化のふたつに関わっているのですが、また別の機会にお話しします。ブランドを考えるときには、周りの環境にも目を向けてみてください。環境の変化を捉えながら、ブランドを変化させていくことも大切です。
濱中:ありがとうございました!それでは次回は、ブランド戦略の実践についてです。
続き(第5弾)はこちら↓
『ブランド戦略の実践〜シン・ブランド論【第5回】〜』