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出版事例から学ぶ、ストーリーを活用したブランディングのポイント
2023年2月に株式会社クロスメディア・マーケティング主催による「成長企業のための、ストーリーによる経営戦略」セミナーが開催されました。 今回のセミナーでは、中央大学ビジネススクール名誉教授でマーケティングやブランディングにおける第一人者のひとりでもある田中 洋教授を迎え、「ストーリーを活用した自社のブランディングによって企業を成長させていくために、どのようなポイントが大切なのか?」をテーマに、多くの企業が課題に掲げるブランディングについてのセミナーを開催しました。またそれに加え、クロスメディア・パブリッシングから『そこまでやるか、をつぎつぎと』を上梓した株式会社川島製作所 執行役員 門奈薫氏をゲストに迎え、対談をしていただきました。本記事では、対談の様子をご紹介させていただきます。
一人ひとりが「そこまでやる」と会社は強くなる
田中:今日は、門奈様にお越しいただきまして、対談をやらせていただきたいと思っています。まず最初に門奈様ご自身のこと、そして川島製作所さんがどんな会社であるか、お話いただければ幸いです。
門奈:承知しました。ありがとうございます。川島製作所は自動包装機の製造・販売およびラインシステムの設計・施工を行う包装ソリューションメーカーです。
創業から111年経っておりますが、国内トップクラスのシェアを誇る縦ピロー包装機や横ピロー包装機など、数多くの包装に関わる製品をお客様に提供してまいりました。
「そこまでやるか、をつぎつぎと。」という理念のもと、人々の豊かな暮らしや食体験の向上、そして環境に優しく、自然と共生する未来のために私達だけが作れる上質な製品と支援を提供しています。
田中:自動包装機について、ちょっとイメージしにくい部分もあるのですがこれはお菓子など商品をパックする機械ですか?
門奈:そうです。包装用途は非常に多岐に渡りますが、その中でもピロー包装と呼ばれる、一つのフィルムを背中合わせでシールして筒状することで、被包装物を包んでその上下部分をシールしてカットする、非常に流通しやすく、密封包装も可能な形状の包装形態です。そのピロー包装をするための包装機を中心に製造を行っています。
田中:普段、スーパーやコンビニで店頭にあるお菓子を何気なく買ったりするわけですが、そういったものは、川島製作所さんがパイオニアとして始められた機械のおかげで美味しく、安全に清潔に食べることができているということでしょうか。
門奈:そうですね、自分たちの仕事の成果が日々の日常の中で感じられるのは、この仕事の醍醐味であり、大変ありがたく思います。
田中:話は若干脱線しますが、ブランドの歴史を調べたことがあります。近代ブランドの始まりは、今話していたようなパッケージの登場からです。食べ物や薬、飲料など様々な形でパッケージされ売れるようになったことが近代ブランドの始まりだと考えられています。おそらく、111年の歴史ということですが、川島製作所さんも元々ブランドを作る素地があったのでしょう。
最初のご質問に戻りますが、この本のタイトルもそうですが、「そこまでやるか、をつぎつぎと。」というのが川島製作所さんのスローガンでもあり、コンセプトみたいになっていますね。この言葉についてお話いただければ幸いです。
門奈:ありがとうございます。「そこまでやるか、をつぎつぎと。」というご説明に入る前に、大前提として、弊社代表の伊早坂は、「従業員と一緒に幸せになる」という究極の経営目的を持っています。彼は、その目的達成の手段として社長になることを選び、そのために社員時代から、様々な経験と苦労を重ねてきました。
彼がその思いに至ったある経験があります。伊早坂はお客様から熱量を感じ、思いに応えたいという情熱を持って取り組みました。お客様に感動してもらうため、あらゆることを模索し、「そこまでやるか」と思われるところまでやり切りました。
その時の満足感や達成感、お客様と何かを共有するかけがえのなさや、素晴らしさに気づきました。その気づきが大きな転機となりました。しかし彼自身は、年齢を重ねてそのことにようやく気づいたため苦労しました。「この苦労を従業員みんなに味合わせたくない」「もっと早く気付いてほしい」と考え、「みんなで一緒に幸せになるんだ」という強い思いから、この言葉を広めようと決意したのです。以来常々、自分の喜びではなくて、相手の喜びを求めないといけないと伊早坂は言っています。その思いで取り組めば、相手にも伝わり、認めてもらえます。ピンチの時ほど、相手から認められれば、自分自身が強くなれるチャンスになります。強い意志で変わっていかなければ、変化に対応できず取り残されます。
門奈:また、ピンチをクリアできれば、逆に相手はこちらのファンになってくれます。相手が自分のファンになるようなレベルは、すごく高いレベルだと思いますが、だからこそやり切ったという達成感が生まれます。
一人ひとりがそこまでやって、自分のファンを増やして行くと会社は強くなることが出来ます。川島製作所では全員この気付きを経て、結果多くのお客様から認められ、ファン化し、最終的に川島製作所が強い会社に成長します。その為に私達はこのメッセージを掲げました。
「そこまでやるか、をつぎつぎと。」はみんなで幸せになるための法則
田中:企業メッセージである「そこまでやるか、をつぎつぎと。」の背景を伺うと非常に面白いですね。これが本になった経緯を教えていただけますでしょうか?
門奈:はい。この本は、伊早坂の仕事人生や、そこでの経験から得た様々な思いを軸にしながら、会社が大切にしている考え方や社会に提供したい価値というものについてまとめさせていただいています。
「そこまでやるか、をつぎつぎと。」っていう言葉なんですが、これは伊早坂にとって自分自身の軸であり、生きざまであり、大義名分だという風に言っています。つまり実体験を通して得られた成功の法則だと考えています。言い換えると伊早坂が今のポジションに立っている理由でもあると。従業員と一緒に幸せになるための法則そのものなんだということです。
田中:そうなんですね。
門奈:お客様が喜ぶことを徹底的に突き詰めて行くのが、成功の法則だと考えています。細部まで「そんなことまでやってるのか」とわかるよう体感して頂ける会社が本物だと思います。世間では小さくても本物の企業が多く存在する思います。例えばブルネロクチネリさんやベントレーさん、ライカさんですね。
技術が更新され、最新のカメラサービスはいくらでもある中で、それでもライカがいいという人がしっかりいると思います。そういう存在に僕たちはなりたいと思っています。本物の会社になりたいという思いが強いです。伊早坂は常々言っていますが、自分は気づくきっかけしか与えられません。そこから先は受け手本人が真摯に向き合って行けるかどうかにかかっています。 だから川島では社員一人ひとりに対して、素性で判断することはやっていません。人は考え方一つで大きく変わることができると信じています。
門奈:この書籍に「そこまでやるか、をつぎつぎと。」いうタイトルをつけて、この成功の法則をまとめた本を作った理由は、共に働きたい仲間達に少しでも早く気づいて欲しいからです。
田中:いいお話だと思います。他のブランドを創った例を思い出したのですが、お話の中でイタリアのブランド「ブルネロクチネリ」を挙げていただきました。「ブルネロクチネリ」もイタリアの地方のカシミヤをベースにして作られたラグジュアリーファッションですが、非常に高い値段でありながらも、テリトーリオ性(その地方独特の「らしさ」)を活かしたハイファッションとして特に世界の富裕層やセレブに熱狂的に受け入れられています。御社と同じように人々から愛されるためのブランド作りを実行しているんだなと理解できました。
それから、「そこまでやるか、をつぎつぎと。」という言葉がきっかけとなって、社員一人ひとりがスタート台に立てるようです。そこを理解した上で、それぞれの人が成長ゴールを自分でセットできるのかなと思います。
門奈:ブルネロクチネリさんは地域に根ざしており、地元の職人さん達へ還元するためのブランドというあり方を体現しています。もう一つ良い点は、伊早坂が自ら体験したのですが、カスタマーサービスとのやり取りの中で手間のかかるやり取りが発生しても、そのやり取りの中で「私達の使命はお客様に貢献することです」というメッセージが伝わってきて、従業員に浸透していたことです。
田中:顧客とのやり取りの中で企業メッセージを伝達していくということなんですね。
門奈:思いの浸透が重要だと思っています。川島というブランドに接してもらう際に、誰と接しても共通した「そこまでやるんだ」という思いを感じていただけるようなブランドでありたい、会社でありたいと思っています。
田中:「そこまでやるか、をつぎつぎと。」というスローガンが一人ひとりに浸透しており、それがお客さんにも浸透していくプロセスが大事だということですね。
門奈:そうです。
変化の体感が次の進化へ繋がっていく
田中:この本を出されて、多くの反響があったと思いますが、門奈さんはどんな反響を経験されましたか?
門奈:多くの声をいただきました。営業的な面では、具体的にお客様からの引き合いの話もあり、実際取引に繋がっています。 また、同じ地域のもの作りメーカーさんの設計者さんがわざわざ挨拶に来てくれたこともあり、新しい地域社会とのつながり、出会いがあったかと思います。
また、内定者にも配っていますが、僕たちが何を大切にしているかがわかりやすく書いてあるので、入社前の不安払拭という意味で、良い影響が与えられていると思います。
取材依頼なども多くいただき、広報という意味でも、多くの反応をいただきました。お客様から前向きで好意的な声を多くいただき、それが社員一人ひとりに届くことで、「自分たちがやっていることや考えていることは間違いじゃなかった」と気付けるようになりました。
田中:そんなことがあったのですね。
門奈:社員を引き付けて一つの組織にしていくプロセスは重要だと思っています。今回、社員がその声を体感できたことは良かったです。
また最近、嬉しいエピソードがありました。お客様が弊社の製品と競合他社の製品と導入を悩まれていたそうです。このお客様は、当社の製品と競合他社の製品を別カテゴリーのラインで導入済みでしたが、価格帯は変わらず、稼働中も問題なく使われていたため、取締役もそのまま競合他社の後継包装機にしようかと考えていました。しかし、現場から弊社のメンテナンスや営業対応が高く評価され、当社製品にしたいという要望が上がりました。
門奈:先方の取締役も決める前にご来社いただき、弊社の製品テストに立ち会っていただきました。その時弊社設計・生産・営業部門が一体となり、包装テストや説明を行い、対応が高く評価されました。
特に弊社総務部門の対応の好感度が高かったそうです。送迎からお客様のご案内などの対応を担当しているのですが、その対応と所作にすごく感動いただいて、会社に戻った際に「いつもあの対応をしているの」周りに聞くくらい驚いていたということでした。
田中:素晴らしいですね。まさに本書にある企業メッセージが事業活動のなかで生きているのを感じます。
門奈:ご来社いただくお客様やパートナー様に、心地よい空間と時間を過ごしていただきたく対応にこだわっています。今回の案件も一人ひとりの働きがあり、ご発注いただけました。先方取締役からは、「販売先やサプライヤーさんなど多くの企業を訪問しましたが、川島さんの雰囲気と対応が一番良かった」と言っていただけました。最終決断を後押ししたのは、「当社の将来の成長を後押ししてくれる信頼できる会社だ」と判断されたからだそうです。
商品力は当たり前で、川島に必要なのは、商品力プラス人間力だと思います。今回嬉しいエピソードが生まれ、一人ひとりが間違ってなかったと体感できました。この変化を体感することが大事で、次の進化や変化に繋がっていくと確信しています。最初は小さな変化かもしれませんが、大切な川島ファンを生み出す成果として実を結びました。これから大きな輪に広がって、会社がもっと強く本物になっていけるんじゃないかと思います。
田中:非常に興味深いお話を伺いました。産業機械やBtoBといった分野で、ブランドが必要かどうかについては様々な議論があります。一つのポイントとしては、BtoBの機械は決して安くありません。購入時にはパフォーマンスを測定することができますが、その先のサポートや将来的な対応については判断することが難しいので、過去の実績や長期的な付き合いからお客さんが安心感を得ることができるようにすることが重要ですね。それを可能にしたのが、「そこまでやるか、をつぎつぎと。」というスローガンと書籍なんだなと思いました。他のPR手段もありますが、企業メッセージを伝えるために、書籍は最適のメディアだと思いました。
書籍の持つストーリーと信頼性という特徴
門奈:そうですね。伝わり方も大きく異なります。自分でしっかり読み込んで理解する特性は非常に重要だと思います。
田中:書籍がなぜそのような企業メッセージを伝えるために有効なひとつの理由は、お客さん自身が読んで直接理解するプロセスがあるからだと思います。企業メッセージを会社の内外に伝えるために書籍は非常に重要なメディアではないでしょうか。
門奈:ストーリーも乗せやすいです。
田中:おっしゃるとおりですね。広告では簡単なことを簡潔に伝えるやり方が普通ですが、じっくりとメッセージの深い部分までストーリーをもって伝えることも重要になります。その点でも書籍は優れた媒体になりうるのだと思いました。先ほど社員さんについてお話しましたが、特に新入社員については人手不足が問題になっていますね。
「そこまでやるか、をつぎつぎと。」というスローガンや書籍はリクルーティングに役立ったでしょうか?
門奈:リクルーティングに関しては、まだ活用しきれていないかもしれません。しかし、新入社員の方々にスピリットを浸透させる際には非常に有効ですね。
実際、新入社員の内定時点で書籍を渡して不安払拭することができます。名前だけではわからない会社でも、丁寧な説明ができるので親御さんからも信頼されます。
そのような方法で会社としての信頼を伝えていくことができるのではないでしょうか。
実際、書籍を読んで前向きに捉える仲間たちは、仕事について考えるきっかけが生まれます。
書籍やコンセプトをまとめた冊子は新入社員研修やフォローアップ研修で役立ちます。一貫したストーリーで育成体系が組み立てられています。
そのため、しっかりとフォローアップして成長するきっかけをつかんでもらいたいと思っています。
田中:なるほど。つまり、社内に対するインナーブランディングを行う際には書籍が核となり、パンフレットなどが付随して体制が整ってくるのですね。
門奈:そうですね。コンセプトや戦略、規定などがありますが、それらを全体的に網羅して理解できるように書籍が総合的な役割を果たしています。
田中:若い人は本を読むかどうかは個人差がありますが、本を通じてのみ伝わるメッセージもあるのではないでしょうか。創業者の真摯な思いをまっすぐに伝えることができるのは本ならではの役割だと思います。
田中:今後の活動について何かお考えはありますか?
門奈:まだまだ足りないと思っています。先ほども話したように、一人ひとりが行動判断基準に基づいて、営業提案やサービス提供を行うことが大切です。
しかし、それがまだまだ社員の中に浸透しきれていないと感じています。地道に取り組んでいきたいと思います。
田中:わかりました。今日は貴重なお話を伺うことができました。ありがとうございました。