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シン・ブランド論〜【第1回】なぜシン・ブランド論なのか〜
日本におけるブランド戦略の権威の一人、中央大学名誉教授の田中洋氏を講師にお迎えし、全5回「シン・ブランド論」をテーマにお話しいただきました。
ご自身の実践的な知見を豊富に蓄積してまとめ上げた著書『ブランド戦略論』をベースに、新しいコンテンツを付け加え、昨今のデジタル時代に求められるブランド論から未来のブランド論に至るまで、クロスメディアグループ広報の濱中悠花がインタビューを行いました。
本日は第1回「なぜシン・ブランド論なのか」です。
ー登壇者ー
田中 洋
中央大学名誉教授
1951年名古屋市生まれ。京都大学博士(経済学)。株式会社電通マーケティング・ディレクター、法政大学経営学部教授、コロンビア大学大学院ビジネススクール客員研究員、中央大学ビジネススクール教授などを経て2022年から現職。日本マーケティング学会会長、日本消費者行動研究学会会長を歴任。フランス国立ポンゼショセ工科大学ビジネススクール、東北大学、名古屋大学、慶應義塾大学、早稲田大学などで講師。経済産業省・内閣府・特許庁などで委員会座長・委員を務める。消費者行動論・マーケティング戦略論・ブランド戦略論・広告論を専攻。多くの企業でマーケティングやブランドに関する戦略アドバイザー・研修講師を務める。主著『ブランド戦略論』(2017年、有斐閣)を始めとして多くの著書・論文がある。日本マーケティング学会マーケティング本大賞/準大賞/優秀論文賞、日本広告学会賞、中央大学学術研究奨励賞、白川忍賞などを受賞。
濱中 悠花
クロスメディアグループ株式会社 広報PR担当
1995年大阪府生まれ。2020年、University of Wisconsin コミュニケーション学部メディア学科を卒業。 同年の12月、クロスメディアグループ株式会社に新卒として入社。広報としてのキャリアをスタートする。 いまは新しい広報モデルを模索しながら、採用広報、企業広報、社内広報、販促広報、事業開発を行っている。
なぜシン・ブランド論なのか
濱中:シン・ブランド論の第1回では、そもそも「なぜシン・ブランド論なのか」ということを中心にお話を伺いたいと思います。まず、タイトルの「シン・ブランド」の意味や、これからのブランドのあり方について教えてください。
田中:「シン・ブランド」には、大きく二つの意味を込めました。「真のブランド論」という意味と「新しいブランド論」という意味です。
従来からある、ブランドに関する議論が十分ではないため、今回5回にわけて整理してお伝えしたいという思いと、昨今のデジタル時代、DX時代におけるブランドのあるべき姿を考えたいという思いから、「シン・ブランド論」というタイトルにしました。
濱中:企業では、ブランドに関する議論がよく行われている気がします。
田中:そうですね。例えば「我が社のブランドは弱いから何とかしなければならない」と皆で集まって戦略を練ろうとします。
ですが最初に、「ブランドって一体何なのか」という疑問が出てきて「名前やイメージ」と答える人がいたり、「ブランドよりも大事なことがある」とか「営業力さえあればブランド力は必要ない」という話になったりと、話があちこちに拡散してしまい議論が成り立たないことも珍しくありません。
ブランドに関する議論をする際に考えるべき論点の整理も、今回やりたいことの一つです。
ブランドとは
濱中:ありがとうございます。私自身は広報として、ブランドの重要性は十分理解しているつもりです。しかし、世間一般では、ブランドという言葉は「ブランド物のバッグ」などと使われており、まだまだ理解されていないように感じます。先生から改めて本来のブランドの意味や重要性について教えてください。
田中:私は、ブランドには大きく二つの側面があると考えています。一つは、商品や企業についての認知システムという側面です。
人間の頭の中には様々なことが記憶されており、商品や企業についての知識も蓄積されています。頭の中にある種の構造のようなものができており、例えば「ディズニーに行こう」と言われると、「楽しそう」「行ってみたい」「ミッキーがいる」など、いろいろなことを自然と思い出しますよね。
これはつまり、私たちの頭の中に「ディズニー」という認知システムができあがっているということです。ブランドをつくることは、認知システムをつくることと同じだといえます。
濱中:ブランドを、人の頭の中で機能する認知システムであると定義するんですね。おもしろいです。
田中:もう一つは、社会で共有化された知識という側面です。
例えば「マクドナルドに行こう」と言われると、どのような場所なのか、どのようなメニューがあるのか、といった認知システムが個人の頭の中に備わっていて、しかもそれが社会の共通認識として存在していますよね。
濱中:たしかに、全国どこにいても、「マクドナルドであればあのハンバーガーが食べられる」と連想できます。
田中:先ほど二つと申し上げましたが、実はもう一つの側面があります。知的財産(知財)の側面です。
例えば、ロゴや商品名などの商標もブランドです。多くの企業では知財担当がおり、ブランドの商標登録や、模倣品の対策などの業務を担っています。
濱中:ブランドには、個人の頭の中にある認知システム、社会的に共有化された知識、そして企業がもっている財産という三つの側面があるんですね。三つの側面はどのように関わりあっているのでしょうか?
田中:この三つは、企業の中で別々に管理されていることが多いですが、もちろん機能としてつながっていることを忘れてはいけません。
顧客の頭の中にあるブランドについてはマーケティング担当者、社会で共有されているブランドについては広報担当者、そして知財としてのブランドについては知財担当者が管理しています。
私は、根源的にはブランドは認知システムだと考えています。ですので、企業はまず、顧客にとってのブランドを第一に考えるべきでしょう。そこから、社会で共有化されたブランドや知財としてのブランドを整えていくことが大切です。
濱中:なるほど、ありがとうございます。
ブランド戦略とは
田中:ここまでに述べたような、三つの側面をもつブランドの価値を高めていく企業のアクションをブランド戦略といいます。
ブランド価値は様々な指標で測定できます。例えば、知名度(認知度)は代表的な測定項目のひとつです。どのくらいの多くの人にそのブランドの名前やシンボルが知られているかを測ります。また知覚品質というブランド価値のモノサシもありますです。知覚品質とは、ブランドに対して顧客が認知している品質のことで、ブランドの名前を聞いただけで「このブランドの品質は良い」と思ってもらえる方がいいですよね。
また、価格プレミアムという、ブランドの価値に対して上乗せされている分の価格も、ブランド価値の指標の一つです。顧客は、あるブランドに対して高い評価をしていると、ほかの商品よりも多額のお金を払ってもいいと考えますよね。
ブランド価値を測定する指標は約25個あり、それらを高めていくことがブランド戦略です。
濱中:25個もあるんですね。具体的にどのようなアクションがありますか?
田中:企業が行うほぼすべてのアクションはブランド戦略につながります。例えば、プロモーションを行うこと。実は、こういったアクションは、ブランド価値を高めることにも低めることにもなり得るんです。
濱中:ブランド価値を低めることになり得るとは、どういうことなのでしょうか?
田中:例えば、自動車のディーラーに行くと、のぼりが立っています。「今日は売り出しイベントだから行ってみよう」と思うかもしれません。それは良いことだと思います。
しかし、高級車のディーラーには、のぼりは立っていません。ブランド価値を傷つけることにつながるかもしれないからです。プロモーション活動一つをとっても、企業はブランド価値を高めるかどうかを考えて意思決定をしています。
濱中:たしかに、高級車のディーラーが安売りをしないのは、ブランドイメージを保つために重要そうです。
田中:そうですね。また、私は、ブランド戦略の話をするとき、氷山の絵を使います。氷山のように三つの層があると考えているからです。一番下に経営戦略、真ん中にマーケティング戦略、そして一番上にコミュニケーション戦略があり、この三つの戦略をしっかりと練ることで、ブランドができあがっていきます。
ブランドというと、商品や広告など、目に見える部分だけに注目がいきがちです。しかし実際には、目に見えていない、マーケティングや経営なども非常に重要なのです。
なぜブランドが重要なのか
田中:では最後に、なぜブランドが重要なのか、という話をしたいと思います。
アメリカの有名な投資会社、バークシャー・ハサウェイを率いる投資家ウォーレン・バフェット氏が、とあるインタビューで「あなたがAppleユーザーだとしよう。今持っているiPhoneを処分して、今後二度とiPhoneを買わないなら、1万ドルをあげると誰かにいわれても、受け取ったりしないだろう。しかし、1万ドルをあげるから、フォードの車を買うなと言われたら、1万ドルをもらってシボレー(GE製)の車を買うだろう」と発言しました。
AppleユーザーとってAppleブランドは非常に大切であり、1万ドルをもらっても、ほかには代えられない。しかし、ほかのブランドであれば、取って代わることができる。Appleブランドは価値が高く、ユーザーのロイヤリティが高いことを語っています。
つまり、ブランドが重要な理由は、ブランド価値が高いとお客さまに選ばれる可能性が高まるということです。
濱中:お客さまに選ばれるために、ブランド価値を高めるためのブランド戦略が必要だということですね。
田中:そうですね。そして、ブランドの重要性が注目されるようになったのは、実は1980年代頃からで、顧客の選択の自由が生まれたことが背景にあります。
3、40年前、小売店の場合、今のような家電量販店やスーパーは存在せず、一つのお店がほぼ一つのブランドだけを扱っていました。例えばビールだと、キリンビールのお店、サッポロビールのお店というふうに決まっていて、選ぶ自由がなかったんです。それが今であれば、スーパーに行って好きなブランドを選ぶことができるようになりました。
また、官営企業の民営化という大きな出来事もありました。例えば、電話をできるようにするには、日本電信電話公社にお願いするしかなく、ほかの選択肢はありませんでした。しかし民営化によって、自分でブランドを選べるようになったんです。
さらに、インターネットの普及で情報量が増え、オンライン上でも自由にブランドを選べるようになりました。以上のことから、いかにブランドが重要なのかがわかるかと思います。
まとめ
濱中:時代の変化とともに、ブランド論の重要性も変わってきたといえそうですね。では最後に、今回のまとめをお願いします!
田中:「シン・ブランド論」についてお話ししてきました。まずは、どうしてブランドが重要なのかを考えることが必要です。そしてそれは、経済社会の変化によっても変わってきます。今後、一緒に考えていきましょう!
濱中:ありがとうございました!次回は、ブランドの歴史についてです。
続き(第2回)はこちら↓
『ブランドの歴史〜シン・ブランド論【第2回】〜』